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8月28日 ボーダー?今日の話はboarder、
昨日の話は境界線のborder。
何が違うって? 発音もまったく同じですが、
今日のボーダーとは寄宿生のこと。
寄宿学校をボーディングスクールと言いますね。
親元を離れ、学校で級友たちと寝食をともにする学制のことです。
学校によって受け入れ学年が様々ですが、
英国では8歳から入ることも出来ます。
息子と娘の学校はパブリックスクールの年齢である11歳からの受け容れですが、
ボーダーの大半が13歳時から新入学してきます。
イートンやハローのような全寮制の学校もありますが、
子供達の学校は全体の1/5程度が寮生で、他の生徒たちは自宅通学です。
現在、拙宅の子供達も自宅通学ですが、
この学校を選んだのは、将来、子供達をボーダーにするためです。
カテゴリの「親ばかちゃん」に見るように、なんでこんなに可愛がっているのに、
と思う向きもおられるでせう。
でも、致し方ない仕事の事情というものがあります。
我が子らがボーダーになるのは来年の9月ですが、
その頃にはこのブログも終了しなければならないでしょう。
最近、このスペースに居心地の悪さを感じるし、
順位もどんどん下がっているので、
終了はもっと早いかもしれない。
もう何度も止めようと思っていましたしね。
あるいは、今後の記事を刷新するかもしれません。
今更のようですが、
当初の「英国と暮らーす」とは、英国とその階級社会と如何に棲み分けるか、
という意味合いを含んでつけたタイトルです。
英国とクラス(階級)なわけで、Classの発音は、ご存知のように、クラースになるのです。
でも、都合があって、「改訂版」にしてからは、何でもいいや、と思って述べています。
80年代中ごろから、英国が中心の生活を送っていますが、20代では階級的な意識や認識をする場にはあまり遭遇しなかったんです。
英国人の友人たちの中には元総理大臣の子息や、ファミリーツリーを辿ると歴史に残る人物たちと血縁のある連中がいますが、
かつて、日本にいた頃、彼らと一緒に温泉に入ったり、夜な夜な遊んでいると、
階級差、身分差というものはまったく感じなかったのです。
しかし、我々にも、彼らにも家族社会への回帰の時期が訪れます。
それは子供が生まれて来たときです。
我が子らは貧乏人の小倅と小娘なんで自由なんですが、
貴族の友人たちはそういうわけには行かない。
彼らには彼らの正統性があって、それに則って生活し、成長していかねばならない、という不文律があるのです。
もちろん、そういうことに拘る必要のない家庭を築いているヒトもいます。
しかし、上流社会の家レベルで格律された家庭に招かれると、
一種の排他的な威厳を感じさせられます。
バーリントン公でも、ウェストミンスター公でも誰でも良いんですが、
王室に近い貴族達と会っていると、そういう堅苦しさを感じます。
イートン校やウィンチェスター校のような名門校に入学すると、
その種の人たちと7年間ほど子供達は寝食を共にするので、
彼らは身近にいる貴族のこども達と人間同士の付き合いをするわけです。
拙の友人の子供たちや、我が子らのかつての同級生たちもも両校に何名か入学していて、皆特待生レベルなので、
「なんだ、入るのは簡単なのかな」という気がしてしまいますが、
決してそんなことはありません。
日本とは評価基準が異なるので、日本の学制で勉強が出来る子供達でも「関係ないよ」と落とされりこともあります。
両校はそれぞれオクスブリッジのレベルには40%以上が進学します。
そして、世襲財産の管理をして生きていく者が全体の何%か居るということです。
金に困らない生活はある意味羨ましいですが、
シガラミが多そうだな、とも感じます。
英国のボーディング・スクールには世界中から生徒が集まります。
世界中の富が集まった場に、世界の英知が宿っているとでも考えるのでしょうか。
考え方はヒトに拠るでしょうけど、日本の教育だって捨てたもんじゃない、と思います。
それに、英国にボーディングしたら、ぬか漬けと白まんまは食べられないじゃないですか。
娘と息子は糠漬けがなくても構わないそうです。
8月25日 Reunion手弁当です。焼きオニギリは在日経験のある英人には大ウケ!
炊く時に昆布ダシと塩を使いました。
この他にも野菜スティックを多数用意。
去る日曜日、ロンドンの公園で子供達が通っていた東京の国際学校の同級生達とその父母が集う機会がありました。
この場合のreunionは同窓会とでも言いましょう。
5年前からオーガナイズされ、毎年この時期に集うそうです。
初回は50家族ほど参加したそうですが、
今年は集まったのはわずか4家族。
偶然にこの集まりを知り、参加してきたのですが、
こちらから連絡するべき家族に連絡する余地もなかったもんなあ、と。
お知らせ出来なかった主な理由は、こちらの知らぬ間にオーガナイズが進んでいて、突然明後日だよ、というショートノーティスだったことと、連絡網が不備で、誰それには伝わっている筈という誤解があったため。
ロンドン北に住むH家、ケント州の7つの樫の木町に住むF家、近所の長州娘さんなどなど・・連絡したかったけど、当方も連日の帰宅が深夜だったので、それも叶わず。
会いたい人はたくさん居たのになあ、と、ちょっと残念。
拙もいつまでもロンドンに居るわけではないので(意味深?)、
来年こそは、息子と娘の同窓の父母に出来るだけたくさん会うために、オーガナイズにも参加しようか、と。
それにしても、最近になって出てきたこのブログの頭の広告、気になりますなあ。
特に好きなタレントや俳優がいるわけではないので、誰でも構わないんですが、
○田明子さんの魅力とは、お会いしてみないと判らないものなのでしょうか。(意味深?)
6月15日 当て逃げやられた。
朝起きて、路上駐車している我が車を見てみると、
ご覧のようなキズ、傷、瑕、疵、創。
犯人は緑色の車。
しかし、どこにも見当たらない。
妻に聞くと、息子の友人たちを乗せて、プールに行ったと言うので、そのとき駐車場で擦られたものと思われる。
「でも、乗るときには気づかなかった」とは妻の弁。
妻は大らかな人間なのだ。
一度はパンクしているのに気づかず、そのまま走って行こうとしたことがある。車の尻が蛇行しているのに、「ああ、何か変だと思った」だけなのである。そのとき拙は脱兎のごとく車を追いかけて、近くに落ちていた息子のサッカーボールを後部ガラスにぶつけたのだ。そうでもしなければ、妻と子供たちはそのまま逝ってしまっただろう。って、アホ。拙の強肩に感謝しろ。
拙宅の車は大きいので、こういうこともあろうかと、日頃から拙は細心の注意を払って駐車する。
たぶん、こういう止め方をすれば、キズを着けられることもないだろうと熟考試行するだけでなく、
ブロガー必携のデジカメで、駐車した両脇の車輌を撮影しておく。
これは実際に防犯で役立ったことがある。
当然、妻はそんなことはしない。
彼女の人生観と価値観は違うところにある。
夫婦は補い合うものだ。
なんて言っていられるか!
状況を考えれば、こういう事態を極力避ける工夫を怠っていることは明らかだったが、
本人も反省しているので、不毛な議論はしない。
本当に悪いのは傷つけた車だしね。
で、近所のパーツ専門店数店で相談すると、
「表面が不均等に剥がれているので、素人の手には負えないよ」とのこと。
H社は300ポンドから500ポンド掛る、と言い、
近所の部品屋のオジサンは"Chip Away"に頼めば、50ポンド(約1万円)くらいと言う。
日本ならカーコンビニで4~5万円ってとこでしょうか?
放っておいても、プラスチックのバンパーだからキズが広がることはないだろうけれど、
Evaluation(査定)に影響する。
これもまた最近の「悔しい」だな。
金持ちになれば、もっと大らかな気持ちでいられるのだろうか。
応援されると、少しは気が晴れるかもしれん。http://blog.with2.net/link.php?29834
6月12日 英国のハイソ
去る金曜の夜、
東京に住んでいた頃の友人宅に招かれて来ました。
Reuniteとは「再会」を意味するのですが、
良い人たちに再会すると、自分の立ち位置を確かめる思いがします。
Reuniteには心の繋がりがニュアンスとしてあるので、
拙の気に入りの英語表現のひとつです。
ところで、
拙の英国での親類、縁類、友人、知人には財産家が多いようです。
拙宅の場合、英国では庶民生活をしていますが、一旦海外にでると、
拙宅も海外勤務手当てなどのお陰で、
少々ハイソな生活に交わります。
まあ、それも仕事の隠れ蓑なんで、海外生活で、自分や家族をスポイルしないように出来るだけ質素に暮らすんですが、付き合いは公私ともに多少ハイソのレベルを伴います。
で、海外ハイソの彼らは本国に戻ってもハイソな生活が可能なわけで、
そういうお宅に招かれる度に、
「職業の選択の仕方や能力が違うと、こうも違うものかな」
考えさせられるです。
午後9時ごろ、招かれた御宅からの遠景。これは庭の一部ですが、 イングリッシュ・ガーデンのキレイな部分は人物が入っているのでアップ不可。
拙自身は英国民の90%の中に入る所得層、つまり庶民です。
友人、知人、親類、縁類の多くがトップの5%の中に入るですが、
それでも付き合いに不便は感じません。
バランスのとり方や息子が持つ劣等感というissueは時々ありますけどね。
それにしても、
キレイな日本人女性達は、英人に嫁として取られガチですな。
頑張れ、日本男児。
今日はカッコいい日本男児と美しいポーランド人の組合せに出会った。
応援する?
頑張れブログ!http://blog.with2.net/link.php?29834
3月30日 ちょっとお出かけ本日は2本立てです。と言っても、この記事はお知らせ。
5日間ほどブログの更新を休止します。
向け地のIT環境次第でアップすることもあるかも知れませんが、
どうかな?
これまでの旅行や出張は、このブログに反映させなかったのですが、
それは旅先にIT環境があることが判っていたからでした。
この際、
皆さんにお願いしたいのは、
過去記事を振り返っていただいて、
どんなのが好きだったか、
ということについて、
お時間のある方、
よろしければコメ残してください。
こういう記事は嫌いだ、
というのは受け付けません。(強気)
悪しからず。
では、旅先のレポートなどはまた来週。
← 一足早く夏景色。
3月26日 病棟生活の2昨日は、フーケイとクレメンツから妻の容態を尋ねる電話をもらいました。
両人については3月24日の記事「祈り」を参照されたし。
その電話を直接取ったのは妻で、電話の後に軽くうれし泣き。
クレメンツに拠れば、我々は物理的に共有することは多少難しくても、精神世界を共有することは可能だ、とのこと。宗教はそのためにあるので、彼にとって、それがキリストであっても、イスラムであっても、コミュニティを構成するものであれば、何でも良いのだそうです。
その考えから言うと、
このブログの周辺でなんとな~く存在するコミュニティは何でつながっているんだろう?
答えはいくつかあるけど、今は言わない。もっと熟成するかもしれないからね。
さて、本日のお題は昨日の続き、
妻の居た病室は拙が昨年9月に入院したときと同じ6人部屋。
いつもコートを着て寝ていた変なオバアサンは妻の入院した翌日、どこかに移された。
看護婦の話では、ちょっと違うセクション(メンタル関係)に移ってもらったとのこと。
妻の話では、末期癌患者が2名。
この2名はずっと入院しているらしい。
他は入れ替わりが激しいので、あまり印象がないとのこと。
その末期癌の2人は結構元気で、一人はリリアンという92歳のオバアサン。
コンスタンス・スプライに直接師事を受けた
英国フラワーアレンジメントの大家の一人であることが判った。
スプライの目指したフラワーアレンジメントとは、
「イングリッシュ・ガーデンを家の中でも楽しむ」ことにある。
その精神を受け継いだ最後の弟子の年代がリリアンである。
ここに消え行く英国のアイコンが居ることに、勝手ながら感動を覚えた。
消え行くと言うのはいささか失礼かもしれないが、
リリアン自身はそのことをよく判っていて、
「もう3回目の宣告だからいいの」
過去2回の宣告では、片目を失い、内臓の一部を取ったらしい。
でも、キレイなおばあちゃんで活舌もしっかりしていた。
拙にも興味を持ってくれて、花について、いろいろな話が出来た。
もう一人の末期癌のおばあちゃんは85歳のオリヴィエ、
最初、妻は彼女の隣のベッドを割り当てられたが、
お小水の臭いが漂うので、向かい側のベッドに割り当て直してもらった。
オリヴィエには腸がない。膀胱にも問題がある。
しかし、頭脳は明晰で、ベッドサイドにはスペイン語とトルコ語の本が置いてある。
「退屈しちゃうから、勉強しているのよ」
末期癌患者とは思えない向上心。
しかも、彼女はビジネスの世界では結構有名な人だった。
女性で初めてのビジネススクールを創始したのは1956年のこと。
話していて、彼女の知識、見識、それから人心を上手にコントロールする口調には
教養人としての只者ならぬものを感じた。このお婆ちゃんも美しい。
結局、妻と一番仲良しになったのは、この2名で、二人とも拙に名刺をくれた。
ご存命であれば、ご両人とも仕事のコンタクトとして最高だが・・・。
この二人には2つの大きな共通点があった。
ひとつは、面会者が絶え間なく訪れること。
家族やひ孫の代だけではない。
リリアンには、拙の友人のタエコ・マーヴェリー氏を知っていると言う花関係のお偉いも来ていた。
オリヴィエには、妻が見た限り、ビジネス関係では、やはり有名な経済評論家が訪れたそうだ。
つまり、彼女たちは社会的にステイタスが高くても、
もはやヨレヨレの肉襦袢を羽織った崇高な魂の持ち主たち。
もうひとつの共通点とは、裕福である筈の彼女たちがプライベート診療の世話にならないこと。
「私たちが積極的に利用して、サポートしなかったら、NHS(国民健康保険)は駄目になるのよ」
確かに、彼女たちが健康だった時代はそうだったかもしれない。
たとえ金があっても、質素で満ち足りた生活の出来る彼らは足るを知るのである。
あるから使うのではなく、自分たちの社会の中での位置を確かめてから、
正しいと信ずる行動を起こすのである。
この姿勢はビクトリアンからエドワーディアンの人間に見られる英国人気質でもある。
でも、彼女たちがプライベート診療に行ってくれていたら、
妻に割り当てられる時間も増えるのではないか、と考えてしまった。
不謹慎かな。
生きていく方も切実なんでね。
3月24日 祈り22日、蔵相のゴードン・ラムゼイ
じゃなくて
次期首相の呼び声も高いゴードン・ブラウンが、
2006年度予算についてテレビ演説しました。
いろいろな改革に割り当てる予算について、
述べているんですが、
「ハテ?NHSのことは?」
そう、今このブログでときめく英国健康保険のことです。
その後のインタビューでもそのことに突っ込まれていました。
「忘れたわけじゃない。もちろん改革のひとつに入っているし、分配もある・・・」
でも、プライオリティが低そ。
去年行われた選挙のマニフェストでは、声高らかに公正の立場からNHSサービスの改革について唱っていたのに。
「たぶん、公正なサービスには成功している。つまり、そのスタンダードを下げることだったんだろう」
と揶揄する新聞もあるです。
こちらの新聞は読み比べると面白いですぜ。
さて、「祈り」の話題、
「彼女のために家族でキリストに祈ったよ」
いつも笑みを絶やさぬクレメンツは、
息子のサッカーのチームメイト、マイケルのお父さん。
拙妻のために祈ってくれた、とは原始仏教徒としても、人間としても、なにやら感動的。
クレメンツ夫婦はナイジェリア出身の敬虔なクリスチャンで、
家族の週末の過ごし方は、ほとんどがキリスト教の行事になるそうだ。
クレメンツと奥さんのフーケイ(ナイジェリアでは典型的な名前)は人助けとなると気合が入るらしい。
サッカーの練習時間と妻を見舞う時間とが重なってしまうと、
「大丈夫、私がちゃんとやるから」
と、息子たちの送迎をアレンジしてくれた。けっこう大変なのに悪いなあ。
3人の母、フーケイは昼間の仕事に加え、週に何夜かは、老人介護の仕事をしている。
これがほとんどボランティアに近い収入、つまりガソリン代程度でやっているらしい。
拙にも出来るだろうか、と聞くと、彼女の行うレベルの介護には免許が必要で、
数年掛かるし、筆記試験と実習まであるそうだ。
面倒くさい、大変な老人もいるという話も他から聞くが、
フーケイはそういうことは口にしない。
「誰でも幸せになりたいし、なる権利があるから、出来るだけのことをしてあげたい」
ので、仕事を続けているそうだ。
こんな美しい良識の中で育ったからには、マイケル兄弟も良い子なんだろうなあ。
本人たちを見ていても、あんまりよく判んないけど・・・。
とにかく、
妻のために祈ってくれるってのが凄い。
行動も伴っている。
これってボランティア精神の発祥だよね。
ナイジェリアはコモンウエルス(英連邦)のひとつ、
キリスト教は全体の35%で、イスラム教が45%だそうな。
こういう2宗教が並存する国では対立意識も強い分、
同朋意識も強く、他宗教には寛容になる。
10何年か前、ロンドンのクラパムにあるメソディスト教会に招かれたことがある。
当時、既に黒人ばかりが集まる教会となっていて、ゴスペルが高らかに、朗らかに響いていた。
義母が子供の頃に通っていた教会だそうだが、今では白人は皆無。
牧師は白人だったかな。
宗主国の人々の多くが、神を捨てちゃったのに、
旧植民地やその出身の人たちは、
生活の中に歌や活動で宗教を取り入れて、自らを律しているんだな。
原始仏教徒の拙は瞑想し、自律する。
迷走じゃないよ。自立でもないよ。思考の修行です。
3月9日 残留邦人せっかく仲良くなった、と思った友人、知人が日本に帰国してしまう時、
いつまでも棲んでいられる拙は取り残されたような気持ちになる。
送別会ばかり参加していても、
永遠に自分の番はやって来ない。
そして、送り出すと、その人たちはかなり高い確率で、もう連絡が付かなくなる。
交友関係の淘汰と言うのかな。
友達で居続けるってのは、鮭の溯上よりも確率が低くて、けっこう難しい。
その点、ブログは、ある意味で究極の交流関係だね。
見目カタチにもとらわれずに、共感し合える仲間が見つかるんだもんね。
それにしても、女性読者が多いなあ。
これは意図しなかったことだけど。
3月8日 老い・・・かな日曜は、「英国野球狂団」の主催する練習に参加しました。
野球が好きなのに何故英国に棲んでいるんだろうと思うほど、観るのも、プレイするのも好きです。
野球部に所属したことは一度もないので、
ゲームセンスは大したもんじゃありませんが、
打力、走力、肩、そしてフットワークなどの身体能力は、
高校生当時の神奈川で上位にあった母校野球部の連中よりも上だったと思います。
大学生の頃に入った草野球チームには東海大相模のOBが数名居て、
彼らがクリーンアップを占めていましたが、
拙はその中でも強肩、強打でした。
そう! 「だった」んです。
見かけは実年齢よりも10歳から15歳若く見られますが、
10年前の写真と比べると、現在はずっと年を取っているし、
体重も増えて、フットワークは重くなっています。
この日はプロ並みの23歳の元高校球児にノックをしてもらいましたが、
手加減してもらっても、
身体がぜんぜん動かないどころか、
球を後ろに逸らさないことが精一杯でした。
メガネを掛けているから、という言い訳もありますが、
図体の大きさと体型は、本当に見掛け倒しです。
完全にオジサン化している自分を思い知らされました。
普段は水泳で、ある程度の筋力トレーニングと有酸素運動はしていますが、
コレだけでは鈍(なま)るんですね。
しかも、これから練習しても上手くなるような気がしないんです。
でも、
「そんなこと不可能だよ」
と言われても、「ちょっとやってみよう」と思って試みたら、
人並み以上に出来ちゃったことや、かなりの達成を果たしたことがいくつかあります。
それらは運動に限らず、
80年代に英語で仕事や生活をするようになったことも、先日述べたNHK受験もそうです。
推薦をくれた大学の就職課は拙が最終まで行くとは思っていませんでした。
たぶん小中時代の連中に口で伝えても、今の在英生活自体が、
とんでもないことだと言って、信じてくれないでしょう。
そういうことがあるから、
世間の評価を当てはめるのは楽ですが、必ずしも正しくないから、
臆せず、まず行動してみよう、ということになります。
昨年は近所の大学でITの講義を半年間受けました。
英語の辛さもあったんですが、覚えるべきことがバカバカしく感じて、
まったく頭に入って来ないんです。
そういうこともあります。
拙の頭脳はあるひとつの方向性で固まっているんだな、と実感しました。
無駄な努力とは思いませんが、報われない努力でした。
それは勉強中に感じていたことでもあります。
つまり、
「出来るか、出来ないか」はたぶん自分自身が一番判っていると思います。
直感というのはけっこう正しいことを示唆すると思います。
たぶん、いろいろなデータを元に、一瞬で総合判断するのでせう。
この日は肉体の「老い」とセンスの「後退」を感じたわけです。
でも、年齢というフィクションに幻惑されたくない。
我々は自らが作ったフィクションに支えられ、且つ幻惑されて生活している。
「老い」は肉体の償却として受け容れることも出来るけど、
今できる最善の状態に自分を導くことは出来る。
たぶん、肉体を最善の状態に維持することと同時に、
頭脳も最善の状態を維持することが出来るんではないですか?
そんなことを考えながら、
今からでも野球が上手くなりたい、と思ったのはBethnal Greenの公園でした。
来週からハイド・パーク。
ダメかも知れないけど、多少皆さんの足手まといになっても参加して行こうと思います。
この日は、主にノックを受けただけで、
まだ、試していないこともたくさんありますしね。
まず、楽しみたいです。
3月2日 英会話と脚の長さBBCのFMラジオで、聴いた話。
犬の交通事故死は年間で、5000頭にも昇るそうです。
車内、車外の両方の数字だそうです。
で、車内の犬にはシートベルトの義務化を検討中とか。
義務化するってことは、保険制度も適用されるんかな。
なんか変だぞ。
それに、犬を括りつけるなんて、どんなシートベルトなんだろう?
また、同性の子供が居ないと、
異性の親は常に疎外感を覚え、居心地が悪いのだそうです。
そう言えば、隣のご主人は、いつも納屋でなんかしているもんなあ。
この前なんか、一人で車のエンジン載せ替えていたし。すぐに壊れたけど。
さて、今日のお題、
ラジオ英会話のサイトをさらに眺めていたら、
そこからネットサーフィンが始まってしまいました。
釈由美子さんという女優さん?の日記があり、
そこには館ひろしさんという俳優の英語の上手さが書かれていました。
どんな俳優かと思って、ググルと、
「石原軍団」の一員。
なんで軍団なんだろう?
闘うんですか?彼ら?
石原裕次郎氏、渡哲也氏、神田正樹氏、そして館ひろし氏が掲載され、
そのほかにも新人6名が掲載されている。
なぜ、石原都知事は含まれていないのだろう?
最も好戦的な人間なのに、
闘わないのか? (くどい?)
ともあれ、
新人たちのウェブを眺めてみると、皆さんの身体のサイズが記載されている。
中でも気になったのが、股下。またした。待たした?
皆さん、180cmを楽に超える身長で、その股下の長さが記載されています。
6名の脚の長さは、80cm~88cm。
拙も、息子に測ってもらいました。
「85cm」
やった! 石原軍団の中でも平均点。
でも、確か座高は90cm弱なのに?5cmほど何かが足りない??
脚と胴との間に空間があるのか。んな、わけない
しかも、上半身がいかついせいか、脚はそんなに長く見えない。
なんとなく悔しい。
まあ、いいや。石原軍団に入る予定もないし。
英語を話すと脚が長くなるわけでもないし。
で、館ひろし氏の脚の長さは公表されていませんでした。
どんな俳優かも判りませんでした。
たぶん、国際俳優になろうと、地道なドロクをされていたのでせう。
故伊丹十三、高倉健、渡辺健、真田君という海外映画に出ている俳優たちは、
けっこう英会話できますもんね。
「英会話」の話から、「脚の長さ」の話へと辿った経緯でした。
お粗末。
この記事、どこにカテゴライズしよ?
3月1日 NHKラジオいつもTBS、ABC、日経BBニュースを愛聴していますが、
NHKのラジオもウェブで聴けることを最近知りました。
無機質な声は、英国の空気によく似合います。
そう言う拙の声もNHKのアナと質が似ていると言われます。
お陰で、大学推薦(当時は入社受験には推薦が要)を受け、
新卒でNHKアナの採用試験に挑みました。
カメラテストでもナントカ通過。 ラジオもあるしね。
それでも、4回目の訪問の最終面接で落ちました。
同日に行われた筆記と作文試験で、時間配分を間違えたのが敗因だと思っています。
書き始めたら、「時間です」と言われてパニックになりました。
その後もNHKとは、公私でなんとな~く付き合いがあり、
英国で育ったドー傳アナには、
日曜の夜7時のテレビを担当する石澤アナに声が似ていると言われたことがあります。
顔も体格も似ていません。声だけです。(力説)
で、ウェブラジオを聞きながら、ウェブページをどんどん開いていくと、
NHKには素晴らしい長寿番組がたくさんあります。
NHKの方針なのか、国策なのか、とにかく外国語の勉強に熱心だなあ、と改めて思います。
テキストを買って、ラジオのスウィチを入れたら、もうそこから勉強できるわけでしょ。
安いし、簡単だし、最高ですよね。
実は、拙の英会話はNHKのラジオ英会話が基礎になっています。
担当は、東後勝昭教授という物腰の柔らかい先生でした。
18歳の頃、日に3回ほど聴きましたかね。
そのお陰で、20歳までにいくつかの英語資格を得たと言うと、嫌味でしょうか。
でも、当時(1978年ごろ)は生の英語なんて、
安い教材は、それくらいしかなかったので、しかたなく食らい付いていただけなんですけどね。
フルブライトの優秀な学生くらいしか無費用留学のなかった時代です。
テレビ英会話ではマーシャ・クラカワさんでした。
ビデオの普及していない時代ですから、テレビにかじり付いて見ていました。
マーシャさん、年上だけど、かわいいなあ、と、それは大きなモティベーションでした。
一度だけお目に掛かれそうなチャンスがあったんですが、遭遇できず仕舞い。
まだ、語学教育でご活躍だそうですね。
NHKのラジオ、テレビでは、
英語以外にも、韓国、中国、ロシアなど8カ国語がタダで学べることはご存知のかたも多いでしょう。
拙は大学時代に3ヶ月間ほどフランス語に挑戦したことがあります。
でも、動機付けがないとやっても面白くないないなあ、と、
そのうち毎月のテキストは積ん読(つんどく)状態になりました。
GFが英米人ではなく、仏人であったら、もっとやったことでしょうけど。
「ジュテム」くらいから始めて、いつの間にか「寿限無、寿限無・・・」に流されていました。
クラスメートに落研の奴がいたもんで、面白い方、楽な方に向いてしまうのでせう。
今度日本に数年間戻ることがあれば、韓国語をラジオで学ぼうかな、と思います。
動機付けになるのは食事です。韓国食大好き。
在日、在英の友人も居るし。(君だよ、君!)
まあ、とにかく日本は便利な国ですよ。英国なら、同じレベルの教育サービスには費用がもっと掛かります。
ところで、ウェブラジオは受信料は取らんよな。
いや、TVライセンスの制度には反対しておりませんが、受信料という不明瞭なシステムが良くない。
この記事、T-T.Nさんの「四百時の遊び」にヒントを頂きました。 2月14日 はが・・・芳賀という友人がいるが、
その人の話ではない。
歯が抜けた、というかツメモノが取れてしまった。
明日の仕事先はその近くだが、時間調整が上手く行くかなあ。
明日はこの体験談になるか?
忙しくて書けないか?
11月29日 花を添えよう仕事に追われた今夏は結局どこにも行かなかったんですが、
妻と子供たちは仕事の拙を残して、ウェールズにドライブ旅行しました。
で、皆が帰る前に食料を揃えようとスーパーに行ってみると、
金曜日だったので、花のコーナーがひと際拡大していました。
花の種類が多かったので、妻と子供たちに
「ようこそ、お帰り」
の気持ちを込めて、買ってやろうという気になりました。
でも、花を買うなんて何年ぶりだったろう?
金曜日は家族と週末を楽しく過ごすために、
家の中を華やかにさせる意味で、
花を活けるんです。
これはとても英国的なことだと思います。
義父は停年退職する前までの毎週金曜日、それも30年間以上に渡って、
事務所とロンドン・チャリングクロス駅の間にある花屋で、
ひと房買って帰宅したそうです。
金曜日に花を買うのは男の仕事だったんですねー。
って、この話の元は、
フラワーアレンジメントの先生として有名なTMさんからの受け売りです。
10年以上、友人付き合いをさせて頂いていますが、
人生の大先輩です。
彼女と知り合っても全然花に興味を持たなかった拙ですが、
最近になって植物と園芸に興味を持つようになりました。
「年齢のせいよ」
と彼女にも言われます。
若い頃から、花を愛でてきたつもりでしたが、
いざ、興味を持ち始めてみると何も知らないことに気づかされます。
土いじりの好きな義母やその妹(妻の叔母)は花の話を始めると止まりません。
それも体系的に話してくれないので、
後になってから、
「何だっけ?」
と何も思い出せません。
Dead Headとツボミとの区別には熟練が必要だとか、
匂いで土の健康状態が判るとか、
それはアナタ方には出来ることでしょうけどねえ。
これからは花の話も多くなるかも。
「ヤローと花の使いよう」なんて、テーマはどうでしょうかね。
花が生活に密着しているってことにようやく気づいた今日この頃。
11月7日 芝生一昨日の続き、
芝生のメンテは面倒、と言っても日本ほどではない。
芝生は放っておくだけではダメで、
時々種を蒔かなければならない。
肥料も与えねばならない。
隙間のないほど、細かい芝生を密生させるには、かなりの工夫と技術と投資と根気が要る。
その究極がゴルフのグリーンだろうか。
その次のレベルがサッカー場などのピッチ。
子供たちの通う学校は、クリケット、フットボール(サッカーは時々、ラグビーは毎日)、ラクロス、陸上などで壮大な一面グリーンが使用されているが、
その芝目は見事だ。
カメラから逃げる息子と奴がサッカーで荒らした庭
真冬に公共の芝生を歩くと靴が泥だらけになるものだが、
プライベートで管理された敷地では、そういうことは一切ない。
これはパブリック・スクールの最大の特徴のひとつと言える。
公立の学校との最大の違いとも言える。
それだけ、芝目に金を掛けていると言えば、それまでだが、
ある意味、その違いは象徴的。
公立でも大学はちょっと違うらしい。
他の大学は知らないけど、オックス・ブリッジ両校のラグビー場の芝は絨毯のようだ。
拙にとって、芝は花以上に英国を印象付けるものだ。
短く刈られて密生した芝生は絨毯のように丈夫で、
手触りもベルベットのようだ。
そんなところをスパイクを履いて運動選手が走るのは勿体ない。
でも、密生率が高いので、
芝生は傷つかない。
えぐれるほどの強いキックをしても、
芝は土面を見せない。
芝生の養生が上手く出来ているんだろうなあ。
まず、以上が芝のひとつ。
生活に密着したレベルの話だと、
後庭用肥料付き種
英国では、2種類の芝庭を持つ家庭が大勢。
前庭と後庭に芝生がある。
両者の芝生の種類は異なる。
前庭は観賞用の線の細かい芝生。
後庭は子供たちがサッカー出来るくらいの丈夫な芝生。
芝の種類もゴルフ場やスポーツフィールド(ピッチ)で使われる芝生とはさらに異なる。
種も違うし、育て方も異なる。
刈り方を変えるヒトもいるが、
そこまでやるヒトは数名しか知りまへん。
だいたい時間のある年配の方がやること。
拙宅では、芝刈り、種蒔き、雑草駆除くらいしかやらない。
でも、一度始めると、切り際を整えようとか、コケの生えたところをキレイにしようとか、際限なくやるべきことが・・・。
いつも密度の濃いグリーンを維持するのは、なんて根気の要る、不自然な作業なんだろう。うう。
芝生だけでもこんな感じ。
ガーデニングは様々な知識を要するので、学習も必要。
でも、環境問題については、なぜか意識の薄い分野である気がする。
意外かもしれないが、
綺麗な庭を維持するためには、有機農法ではまだ限界があり、
ナメクジ、カタツムリ、蟻などの害虫駆除、除草には化学薬品を使ふ。
美しさを保つためには、いろいろな生命を犠牲にする。
綺麗に見えることって、そんなに大事なことだろうか、
と考えてしまう拙は変ですかね?
昔、凄い美人の棲む、とても汚い部屋に入ったことがあるもので・・・。
つい、「あ、泥棒?」と声を出してしまったので、フラレました。
応援してくれても、その美人の部屋は見せられませんが、他のヨーロツバが見えます。
10月28日 英魚(アジ編)出来るだけ新鮮な魚を手に入れたい、
というのは、
意外にも英人でも同じことです。
近所に魚の問屋があるんですが、
日に何時間か卸しの他に小売もしています。
拙はもちろん小売なんですが、
順番待ちの間に、
レストランのシェフたちと魚料理の話が始まります。
意外にもシェフの皆さん、醤油の使い方がイマイチ判っていません。
焼き魚に醤油を垂らすのが、一番美味い食べ方だ、
と言うと、"Uh,Yuk" と顔をしかめます。
醤油と魚の脂が合わさると旨みが増す。
というのは、日本人の常識なんですが、
英国では嫌がられます。
ってか、90年代までは特に嫌がられましたね。
最近は少し市民権を得た食べ方のようです。
醤油の欠かせない寿司だって普及してますし、
BBQで焼いたニシンやイワシに醤油を掛ける日本人を真似る英人も居てます。
会社員だった頃はロンドンの行きつけの店で、
「今日は何が入ってるの?」
「シマ鯵、ムロ鯵ですね。ヅケの小ドンブリでも作りますか?」
「じゃ、それ頼むよ」
接待用のクレジットカードで、こんなことも出来たんですが、
兼業主夫をしている現在は自分でやらなきゃ食べられません。
毎日のようにロンドンには行けませんし、
そんな頼み方が出来るほどの収入がない。
で、この魚問屋に聞くと、
鯵の取扱はないとのこと。
この近辺のレストランからの需要がないんだそうです。
鯵には英名で2種類あります。
scadとjack fish
scadの方が、和英辞書では「ムロアジ」とされていますが、けっこういい加減です。
jack fishは辞書ではカワカマスとされていますが、実際に店頭で見ると「真アジ」です。
scadとして売っているのは、Selfridgeなど大き目の魚屋や問屋
Jack fishとして売っているのは、街の魚屋
という気がしないでもありません。
まあ、この2種の名前を知っておけば、後は鮮度を店員に確認して、
Can I eat them raw?
と聞いて、Yes であれば、
Head off and gutted, please
と伝えて、頭と内臓を取ってもらいます。
三枚下ろしにして欲しければ、
fillet, please.
捌き方を見ていれば、どんな魚屋であるかの見極めはつきます。
いい魚屋はとにかく清潔です。
もちろん、ゼイゴ、皮むき、刺抜きは、ご自宅で。
魚屋も正直に鮮度を言ってくれますし、青魚の鮮度の見分け方は難しくないですね。
英国でも鯵が食べられる、というお話でした。
ところで、英国で秋刀魚は2度しか見たことないなあ。もちろん、食べたことない。
今日のランキングは?応援クリックされたし。http://blog.with2.net/link.php/29834 10月21日 こんなん見つけました
ひとつめ、
スーパー・テスコには日本文化の影響が少ないようです。
とぐろ虫!(巻きうん●)
でも、いいニオイのシェービング・フォームです。
●に入れる文字は「ち」と「こ」とではどちら上品?
ふたつめ、
これは何でしょう? 公共のスポーツセンターのトイレ内。
①水筒などに水を入れるところ。 ②痰を捨てて、水で流すところ。 ③ビデ。 ④ロザンナ。(意味不明) さて、どれでしょう?答えはこの記事の末尾コメント欄に。
みっつめ、
出前一丁を2丁紹介! ↑はトンコツ味。けっこうそれらしい味です。 ↓は東京しょうゆラーメン。昔懐かしいMSGの味。 ↑ どちらも人気商品のようで、けっこう捌かれていますが、中華の店でしか売っていません。
その昔、大村昆さんが「子供のど自慢」の司会をされていました。
スポンサーは日清食品で、
出前一丁のキャラの着ぐるみがステージに登場して、会話の終わりに
「パプーッ」
と言うのが印象的でした。
声の主は松島みのりさんという声優。
でも、この着ぐるみ坊やの名前は忘れました。
パプーかな?
ニッシン君かな??
心に穴が開いたようで、気になります。
伊集院光氏のラジオ番組で追跡してもらいましょう・・・か。
よっつめ、
近所で見つけた日本の中古車。
一般的に、日本では商用車は5年で償却し、
簿価は5%(鉄屑の価値)だけになります。
しかし、最近の大勢は、
こうして英国など右ハンドル国に輸出され、10年以上活躍します。
何か間違っているぞ、日本の原価意識!
怪しげなオサンが写ってしまいました。 寒冷地仕様のステッカーはいいんですが、右に警察保管されたことを示すステッカー?
これって、盗難車だったんぢゃ・・・。
と思っていたら、
単なる車庫証明という示唆。
日本で車の行政手続したことないから判らない。
いつつめ、
以下、何かの機会にブログで紹介しようと思いつつ、なかなか出番がなかった写真。
ロンドンなど、英国の大都市を歩いていると、
タウンハウスには道路から降りることの出来る地下室が多いですね。
あれは、もともとは地下ではなく、
地下室に見えるレベルが本来の路面の高さ。
するとロンドンは全部上げ底ということに。
良い例?が、地下鉄ボンドストリート界隈。
第二次大戦中、
この辺りはドイツ軍の爆撃を受けました。
オクスフォード・ストリートから
サウス・モールトン・レーンにかけて
道路に穴が開いて、
地下に埋沈河川のせせらぎが見えたという記録があります。
これがタイバーンというかつてはロンドンの水源です。
これは今でも見ることが可能です。
Graysというアンティークモールがあるんですが、
併設するThe Mewsの地下売り場には小川が流れています。
これは今も残るタイバーン川なのれす。ガーン!
ロンドンの上げ底が、 もっとわかり易いのは住宅街。
ヴィクトリアン(時代)までの普請では、石炭燃料を道路から、
マンホールを通して地下室に落としていたので、当時の名残がそのまま残っています。
石炭室は今では各家庭でユーティリティや風呂場として使われています。
このマンホールから石炭をドサドサ、ガラガラと地下に落としました。 ↓
↓こういう普通の街並みにも歴史ぎっしり!
ジョージアン建築だね。
つまり、電化される前。
これはイズリントン界隈
以上、五つのこんなもんでした。5回分のネタにできたね。 応援してくだされ!http://blog.with2.net/link.php/29834 7月21日 エンドレスの職性家事とは際限のないものですね。
拙の場合は庭木の剪定、芝刈り、大工、修理一般という従来男性の行うものの他、
炊事、洗濯、料理、掃除、アイロン、子供との付き合いもあります。
買い物は特に時間が掛かる作業です。出来るだけスーパーに行く機会を少なくしたいところですが、青野菜は日持ちしないので、週に最低2回は足をはこぶことになります。
クオリティを求めると、買い物でも時間が掛かります。
しかし、仕事もあるので、なんとか時間を繰り合わせるわけです。
一日の中で圧縮される時間があります。
それは睡眠時間です。
平均的に3,4時間でしょうか。
兼業主夫の生活は少々過酷です。
最近は、ITの勉強もしているので、尚大変です。
もちろん手抜きをしても、こういう状況です。
で、すべてをお金に換算してしまうこと、つまり、すべてを外注して他人に頼むことも出来るわけですが、どっちが良いんでしょうか。
まあ、仕事が忙しくなれば、家事をカバーするために出費するしかないわけですが・・・。
うーん。
貧しいのは嫌だけど、忙しいのはもっと嫌だからなあ。
明日も早出なので、今日はこれにて。
かつてはずっと2位、3位を維持していたランキングもここまで下がりました。毎日のアクセス数は変わってないのに、なんかやる気なくなってきたなあ。何かで見切りをつけて、暫くランキングから外れようかな。正直、来月まで凄く忙しいんです。
7月18日 金婚式この写真の頃から50年。
義理の弟の義理のご両親の金婚式を祝うパーテーに参加しました。
これがその50年後の夫婦とその2人娘の家族。
老齢の二人、金髪の奥さんは69歳ですが、美人だと思いません?
↓
中年の母親らしき女性二人は
ともにBride of the Yearに選ばれたことのある
美女?
すると、義弟は美女とケコンしたことになる。
ええ、まあ、確かに美人かもしれない。
彼女たちのスピーチで、会場は感涙にむせ返りました。
50年という期間を「愛」という言葉で覆いこむような家族です。
こんなに愛し合う家族もいるんだなあ、と。
↑
一番左の若い男性はバーミンガム・シティのストライカー、
オリバー・アレン18歳。
その隣は父親のクライブ・アレン。
クライブは英国初の100万ポンドプレイヤーで、元FA選手。
現在はトテナム・ホットスパーのコーチとITVなどのコメンテイター。
公人なので、皆快くブログの露出を許してくれました。
拙とクライブ親子たちはBBQ係。
拙は撮影者。
ソーセージはこれくらい焼かないと食べてくれません。
発癌性物質いっぱいの黒こげソーセージで緩慢な自殺?
それがBBQの楽しみ??
義弟の家は築400年で、庭もこんな感じ。
これはほんの一部。
テニスコートなら10面取れるかな。
一番背の高いのが娘。
まだ13歳、けど、もうすぐ14歳。
日本人の拙の遺伝で背が高く、スラッとしているのはいかにも妙?
こいつはおまけ。
↓
自分のことを人間だと思っている。
今日は白人120名の中に有色人種は拙だけでした。
こういう白人だけっての久々だなあ。
でも、拙は普通に英人の中でローカライズしておりました。
5年後にうちの義理両親の金婚式があります。
今日の経験が役立ちそうだ。
応援クリック宜しく。http://blog.with2.net/link.php/29834
6月20日 むむむんタイトルがぽんたまさんの「むらむら村」的? いやー、暑いんすよ、UK。 まさに、むむむん。 昨日の「あすとるさんのブログ」でも暑い家の構造についての記述がありましたが、涼むには夕方、庭に出るしかないんです。 でもね、夏至の頃でしょ。 夜10時まで明るいんすよ。 照り返しがいつまでも続いて、テレサ・テンの歌が歌いたくなるんす。 「窓に西日が当たる部屋は~、いつもアナタの匂いがするわ~・・・」 西日が当たる午後4時から8時半までの4時間半同じ歌は歌えないので、レパートリーを増やそうと・・・と、いや、そんな話じゃないんですが、西日はちょと憂鬱な感じがするんでイマイチ好きになれません。 夜中も暑くて眠れないので、歩き回っている人が多いし、モーターバイクも多いし、若い連中はビール飲みながら徘徊しているし、暑い夜は辛いっすね。 昼間も辛いんですが、拙宅には昨年買った扇風機があります。これで一部屋分、つまり拙の仕事部屋は汗が大敵のPC部屋ですから、涼を確保。 外では露出の多い服装が目立つので、目の保養になるとお思いの方もいらっさるでしょうが、これは存外です。 アングロサクソンと黒人は胸もドンと出て、おけ2もバンと出ているのに、一向に色気を感じないんです。 たまに、しなやかな柳のような体型に出くわすとそれは日本人なんですね。そそられますが、そそられるだけで、それ以上のドラマは生まれません。頭ん中で、妄想というドラマさ作るんですが、実践する時間がねえです。体力もないかも。 日本人には独特の感性がありますよね。この先を言うとエロイと言われそうだし、拙ブログは性用語でも率直に用いることでエロスを排除する手法も使っているから、次の言葉は述べません。・・・・・でも、あえて言うと「はじらい」とか「手弱女ぶり」かな。 妻がどうかって聞かれると、彼女の同僚が世界中に居て、応援クリックを忘れていながら、毎日このブログを読んでいるので、率直には答えにくいんですが・・・、あ、誰も尋ねてないか。 まあ、一緒に暮らして20年経つのに、今更エロスや色気でもないだろうに、とだけ述べておきましょう。それに婚姻の条件に人格を最優先するのは当たり前ですしね。カタチだけが美しいのが見たきゃ、ボンド・ストリートかハロッズに行けば、美容に費用を掛けるお金持ちのご婦人がたくさん見れます。美しさって金で買えるのね。人格は買えないけど、妻を美しくするのは拙次第ってことか・・・、いや、金の使い方か。 ・・・いや、充分美しいと思うよ、って、今更?・・・。 内面の輝きに目を向けろ。と自分に言い聞かす。 暑いので、子供だってダッコしたくない。昨日と今日はそれくらいむむむんとした暑さでした。 明日はスパゲティで冷やし中華風を作ろうかな。干し椎茸と糸寒天を水で戻さないと・・・。 むむむむむんん! 6月8日 孤高の人々殆ど毎日挨拶している老夫婦がいるのですが、最近どうも見かけない、と思っていました。 子供たちがハーフタームなどで休みになると、拙の生活のパターンも多少変わりますので、そのせいかな、と。 ところが、拙の知らぬ間に老夫婦は亡くなっていた、ということです。 隣に棲む宣教師ピーターから聞いた話でした。 夫婦の家は拙宅からも見える位置で、最近は夫婦の子供たちと思われる人たちが不動産屋と一緒に家の査定に来ているようでした。 「親父とお袋が立て続けに死んじゃったのさ」 庭で洗濯モノを干していると、ちょっと離れたところからコトバが風に乗って聞こえてきました。 「親父が倒れたのでお袋が救急車を呼んだんだけど、倒れてから判断するまで半日掛かったらしいんだよ。その間、お袋はずっと階段に座っていたんだそうだ」 彼らは亡くなったご両親の財産処理に来ていたんです。 「救急車が来るとお袋も倒れちゃったらしい。そんでそのまま・・・」 旦那さんの亡骸を前に、辛かったでしょうねえ。奥さん。 享年88歳と82歳だったそうです。 孤独ってのは見えないドラマです。 この国でよく聞くのは身寄りのない老人が何日も家から出てこないので、カウンシル住宅の管理人が警察と同伴で中に入ると老人の腐乱死体があって、ショットガンを抱いて亡くなっているというもの。ベッドの下には、タンス預金ならぬ、大量の旧ポンド紙幣。銀行も信じず、ヒトも信じず、パブで飲んでは、自宅に帰る。そういう生活を何十年も続けるわけです。まさに、死ぬまで。 先日聞いたのは、78歳になる友人のお母さんの話。フロから出られなくなって、28時間ずっと水に浸かっていたそうです。脂肪の多い身体がバスタブの水中で真空状態を作って、仰向けの「気を付け」姿勢で動かなくなったまま。フロに入ったのは夜でしたから、気を失うまでずっと助けを求めたらしいのですが、どうもその辺ははっきりしないそうです。 翌日、たまたま来た娘さんに発見されて、即病院送り。その後、何もかも自信を失って、何も喋らなくなってしまい、呆けた表情する見せるようになったとのコトです。退院したら、養老院に入るそうです。78歳ってそんなに先じゃないなあ。拙にはあと33年。そうなることも考えておかないとならないのかな。 80歳に及んで、 まだ、英語話せるかなあ。というのもあるし。 人生のうち30年近くを日本で過ごしたアーネスト・サトウ卿も晩年の1920年頃は日本語に自信がなくなって、日本の家族には英語で手紙を送ったとのことです。1860年代後半、サトウ卿の文書はあちこちの公文書に残っています。興味のあるヒトは六本木にある外交資料館に行って、明治時代の英国関係の公文書を見れば、サトウ卿の直筆和文が見れます。草書なんかもあるんですが、他にも5ヶ国語以上を操ったこれだけのヒトでも最後には母国語しか話せなくなってしまうんですね。 なんか怖いですね。そんでもって、辛い。人生は意外に短いぞ。 でも、現実に対処する方法を考えないとね。それは全然悲観的じゃなくて、現実的なだけです。最悪の場合を想定して、最善の処置を施す、というのが拙のやり方ですが、これはある意味でとても日本的です。そして、振る舞いは楽観的に。これは英国生活の影響かな。パーソナリティを使い分ける余裕ってことで。 応援クリックお願いします。http://blog.with2.net/link.php/29834 |
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